飲食店の事業承継において、「のれん代(営業権)」と「従業員の定着」は、成否を左右する2大テーマです。長年常連客に愛されてきた店の味や雰囲気を引き継ぎながら、スタッフを離職させずに経営を軌道に乗せるには、どのような準備と手順が必要なのか。家族の視点も含めて整理します。
飲食店承継でのれん代はどう決まるのか
「のれん代」とは、店の知名度・顧客基盤・味の秘伝・立地優位性など、目に見えない価値を金銭換算したものです。法的には「営業権」「超過収益力」とも呼ばれます。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(2023年改訂版)」によれば、中小企業のM&Aにおけるのれん代の算定には主に3つのアプローチが使われます。
- 年倍法:年間営業利益の2〜5倍を目安にする簡易法。飲食店では2〜3倍が多い。
- DCF法(割引キャッシュフロー法):将来の収益を現在価値に換算する方法。比較的精緻だが、専門家への依頼が必要。
- 純資産+のれん加算:貸借対照表上の純資産に超過収益力を上乗せする方式。
飲食店特有の注意点として、「立地」が価値の大半を占めるケースがあります。駅前の好立地や商業施設内の区画を承継できる場合、のれん代が相場の上限近くになることも珍しくありません。一方、オーナーシェフが1人で全料理を担っているような店は、承継後に味が変わるリスクがあり、のれん代が低く査定されます。
家族が関わる場合、「親が長年守ってきた店には当然価値がある」と感じる一方、資金面の現実を直視する必要があります。親族内承継であっても、のれん代の評価を第三者(税理士・中小企業診断士)に依頼し、合理的な数字を出してもらうことが、後の相続税申告や親族間トラブルを避ける上で重要です。
従業員の定着率が承継を左右する理由
帝国データバンクの「事業承継に関する企業の意識調査(2024年)」によると、飲食業における承継後の課題として「従業員の離職」を挙げた企業は全体の48.3%に達し、製造業(31.2%)を大きく上回りました。
飲食店の場合、常連客は「店の味」だけでなく「いつものスタッフ」に通っています。承継後に主力のホールスタッフや料理長が辞めると、それだけで売上が3〜4割落ちるケースも実際にあります。
従業員が退職を考える主なタイミングは次の3つです。
- 承継の発表直後:「自分の仕事はどうなるのか」という不安から。
- 新オーナーとの方針の食い違いが表面化した時:メニュー変更、シフト見直し、給与体系の変更など。
- 引継ぎ期間終了後:前オーナーが現場を離れた後に孤立感を覚えた場合。
これを防ぐには、承継を決意した段階で「従業員への丁寧な説明計画」を組み込むことが不可欠です。
承継前に必ずやる「従業員向けコミュニケーション」
従業員への告知のタイミングと伝え方は、多くのオーナーが頭を悩ませる部分です。早すぎると現場が混乱し、遅すぎると不信感を生みます。
中小企業庁の「事業引継ぎガイドブック(2022年版)」では、従業員への告知は「基本合意締結後、最終契約の1〜2か月前」が目安とされています。それまでは情報管理を徹底しつつ、主要スタッフ(店長・料理長)には個別に早めに相談するのが現実的なアプローチです。
伝える内容として押さえておきたい点は以下の通りです。
- 雇用は原則として全員継続すること
- 賃金・シフト・待遇の変更がある場合はその内容
- 前オーナーがどの期間まで現場に残るか
- 新オーナーのビジョンと「なぜこの店を引き継ぐのか」という思い
家族目線で言えば、「親が従業員に直接語りかける場」を設けることが大切です。長年一緒に働いてきたスタッフにとって、社長から直接聞く言葉は何より説得力があります。親が引退する悲しさと感謝を伝えた上で「次の人にも同じように支えてあげてほしい」と言える場面をつくれると、スタッフの離職率は大きく下がります。
のれんを守りながら新しさを出す「変えない×変える」のバランス
承継後の最初の1年間は、「変えないこと」のほうが大切です。日本政策金融公庫の「中小企業白書2023」では、飲食業の承継後廃業率が高い原因として「就任直後の大幅なメニュー変更・店舗改装」が挙げられています。
実際に成功した承継事例に共通するパターンは次の通りです。
- 最初の半年は現状維持を徹底(看板メニューは絶対に変えない)
- 1年後に小さな改善を1〜2点だけ導入(SNS活用・テイクアウト追加など)
- スタッフとの1on1ミーティングを週1回設け、現場の声を拾い続ける
のれんを守るということは、「前の店主への敬意」を示すことでもあります。常連客は変化に敏感です。「味は変わっていない、でも少し新しくなった」という印象を与えられれば、リピーターを維持しながら新規客も獲得できます。
まとめ:飲食店承継は「数字」と「人」の両輪で動く
飲食店の事業承継を成功させるには、のれん代の適正評価という「数字の話」と、従業員が安心して残れる環境づくりという「人の話」を同時に進める必要があります。どちらか一方だけでは不十分です。
家族として関わる場合も、「店を続けてほしい」という想いだけでなく、のれん代・雇用継続・引継ぎ期間といった具体的な条件整理に早めに着手することが、結果として前オーナー(親)の想いを守ることにつながります。
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本記事は情報提供を目的としています。個別の経営判断・税務・法務については、税理士・弁護士・中小企業診断士などの専門家にご相談ください。
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本記事は、株式会社C&Cが運営する事業承継メディア「つぐひと」が独自に作成したものです。
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